僕の可愛いカメラ部後輩でありとっておきのモデルでもあるみちゃめろ。フリーランスでモデルとアイドルユニットの活動をしている。





僕が初めて自分のカメラを持ったのは、小学5年生の時の11歳の誕生日だった。誕生日のプレゼントとして、親がハッセルブラッドを買ってくれたのだ。 当時父親はレストランを経営する傍ら、セミプロカメラマンとして自分が撮影した写真を販売していた。それがかなり売れて、写真家としての収入も結構あったようだ。店に写真を展示すると、いつもすぐに売れて常に新しい写真が展示されていた。 また他の飲食店から店内に飾る写真の依頼があったりして、風景や花、静物などの写真を撮影してはそれらを提供していた。
そんな父親だから、僕のプレセントには一眼レフではなくハッセルブラッドになったみたいだ。 僕は前々からカメラが欲しいと言っていたのだが、まさかハッセルブラッドを贈られるとは思ってもいなかった。操作方法はすぐに覚え、毎日とまではいかなくてもよく撮影にでかけた。と言っても近所の公園とか広場だったが、12枚撮りのフィルムがすぐになくなっていた。
高校生の頃に一眼レフが欲しくなった。中判カメラのフィルムはいい値段がするのでそう度々買えないが、35ミリのフィルムならまだ価格が安くてよりたくさんの写真を撮れると思ったからだ。だけど、やはり一眼レフは高価だ。高校生の小遣いではなかなか買えそうにない。 そこで父親があまり使っていない一眼レフを譲ってもらうことにした。その頃はあまり一眼レフのことについて知っておらず、自分が一眼レフだと思って譲ってもらったカメラはライカだった。かなり長く、一眼レフだと思いこんで使っていたと思う。高校2年生の時に修学旅行で持っていった際、担任の先生にライカだと教えられて初めて一眼レフではないのを知った。
確かにほぼ無音に近いシャッター音。レンジファインダー。当時の知識では、見かけが似ていればどれも一眼レフのように思えたのだが、この2点は明らかに一眼レフではない。 僕が一眼レフを使うようになったのはその後もう少し経ってからだった。20歳の頃に、ようやく自分でミノルタの一眼レフを買った。その頃は、ミノルタがオートフォーカス搭載の一眼レフ(フィルム)でキヤノンを抜き業界トップのシェアを誇っていたのだ。
やがてキヤノンが反撃に出て業界トップに返り咲き。更にデジタル化となって加速し、フィルム時代ではキヤノンとともに2大勢力として誇っていたニコンが転落。デジタル一眼レフ時代のニコンの失速は、カメラに関わる人なら多くの人が知っているだろう。 ミラーレス一眼になってようやく覇気を取り戻してきたが、最近になってのリコール問題や自社開発ができず他社から提供を受けているセンサー問題など、まだまだ難問が続きそうだ。
僕はデジタル化が進むに連れ、カメラは完全にデジタルへと移行した。20年ぐらい前にはもうLightroomを使っていたし、Photoshopでのレタッチもしていた。数年前からはLightroomからCapture Oneに現像ソフトを変えた。何と言っても処理能力の速さだ。Lightroomの4倍~6倍の速さで処理をしてくれる。 仕事の撮影の依頼で、3000枚や5000枚という大量のデータ納品を依頼されることがある。Capture Oneのこの速さは、データが多ければ多いほどLightroomとの差が顕著になる。世界中の多くのプロカメラマンがCapture Oneを使う理由がここにあると思う。
ホッキョクグマ 



ホウちゃんのダイナミックな飛び込み。プールから5mぐらい離れた場所からでも平気で飛び込んでみせる。そして、ラッコ泳ぎや片足上げ泳ぎなんかも披露してくれる。もちろん、いつものようにちゃんと撮ったよね!という顔もする。
チャンピオン 
モノクロポートレート 
13年の長いつきあいの僕の最古参モデル谷口夕佳ちゃん。仕事は美容クリニックのカウンセラーをしている。












